はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 201 [迷子のヒナ]

「なに話してたの?」

ジャスティンは手にアイスクリームののった銀盆を、ライナスは人数分のスプーンを持って、席に戻った。

ライナスの問いに答えたのは憎たらしい男こと、マーロー。ジャスティンはすでにマーローに並々ならぬ敵意を抱いていた。

「家族の話さ。ヒナのね」胡散臭い笑みを浮かべ、マーローはヒナに向かって片目を閉じてみせた。

ジャスティンはマーローを睨みつけている黒い瞳を、ヒナへと向けた。ヒナはほんのりと頬を赤らめていたが、マーローのウィンクには気付いてない様子だった。なぜならば、アイスクリームに視線は釘づけだったから。ライナスの差し出すスプーンを我先にと受け取る姿に、ジャスティンは思わず吹き出しそうになった。マーローのなにがしかの目論見はアイスクリームによって見事阻止されたのだ。

それにしても家族の話とは……。ジャスティンはふいに寂しさを覚えた。

ヒナはこれまでジャスティンだけのものだった。
パーシヴァルの登場で、ヒナはその名を取り戻し、家族を取り戻した。それは喜ぶべき事だったが、悲しみで覆い尽くされた過去にも対峙しなくてはならなくなった。

けれどヒナは、逆境をも味方につけてしまえるほど強い子だ。そしてそれを分かち合えるのは自分だけだと思っていた。つい一週間ほど前には知り得なかったヒナの家族について、マーローはおろか誰だって知る権利はないはずだ。ヒナはこれからもジャスティンだけのものだ。

その強い想いは、苛立ちを失望へと変えた。

ヒナは自分ほどの強い愛情を抱いているわけではないのかもしれない。

「おじさん、早く食べないと溶けちゃうよ」
ライナスの声に、ジャスティンは悲しい物思いから現実へと引き戻された。

「ああ、そうだな」スプーンを手にして、つと、ヒナのうつわへ目をやった。

手のひらサイズのガラスのうつわの中は、すでにからっぽだったが、ヒナは名残惜しげにスプーンをカチャカチャいわせている。

「ヒナ、食べるか?」アイスクリームを押しやりながら尋ねる。

「食べるっ!」ヒナは威勢よく答えた。けれど少し躊躇いを見せた後、うつわをこちらへ押し返してきた。「やっぱりいい。ヒナ、もうお腹いっぱい」

あきらかに渋々といった態。
まさか、マーローに対して恥じらいをみせたわけではないだろうな?欲張りだと思われたくなかったとか。

「じゃあ僕が貰っていい?」とライナスが言った。

「ダメっ!」とヒナ。

「ダメなの、おじさん?」ライナスは不機嫌そうに唇を押し出し、ジャスティンの上着の肘の辺りを引っ張った。

ヒナが目を剥いた。唸り声も聞こえた気がした。「だって、これはジュスのだもん」とぴしゃりと言い返す。

ライナスはジャスティンの陰に隠れ、ヒナをひと睨みした。

なぜか、ジャスティンを挟んで子供たちが喧嘩を始めた。これをどう受け止めるべきなのかジャスティンには分からなかった。喧嘩の原因はアイスクリームなのか、もしくはジャスティンなのか。

後者であることをジャスティンは願った。

つづく


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迷子のヒナ 202 [迷子のヒナ]

「お前の姿を目にするのは、せめて、一日に一度くらいにしてもらいたい」

ジャスティンは思わず顔を顰めた。グレゴリーのこの手の嫌味など気にするに値しないが、何の臆面もなくそう言われると、弱く幼かった頃の自分がひょっこり顔を覗かせてしまう。もう兄に怯える必要はないと自分に言い聞かせ、ジャスティンは喫煙室で書類片手にソファに座るグレゴリーの向かいに、堂々たる態度で腰をおろした。

「同感ですね」嫌味には嫌味で応酬だ。

グレゴリー目に愉快そうな光が宿った。ヒナの誕生日パーティーに顔を出さなかったが、ちゃっかり夕食には参加していたところを見ると、まだまだここを去る気はないようだ。

「いったい何の用だ?お前は葉巻なんかやらないだろう?」グレゴリーはさも迷惑そうに目を細めた。

「そういう兄さんこそ、喫煙室にいながら手には書類ですか?」ささやかな疑問だ。

「悪癖だと言われたからな」余計な事を思い出させるなとばかりに、グレゴリーは深い溜息を吐いた。

どうやらニコラが妊娠してから、悪癖から遠ざかっているようだ。あと数ヶ月の辛抱なのか、それとも一切断ち切るつもりなのか、どちらにせよひどく苛々が募っていることは確かだ。

グレゴリーがバサッと音を立てて紙の束をサイドテーブルに置いた。肩をほぐすように首を回し、弟の用件を聞いてやろうという姿勢をとった。ソファに深々と身を沈め、胸の前で腕を組み、とても威圧的だ。

「昼間、ヒナが邪魔をしたそうで――」

ダンから報告を受けた時、ジャスティンはその場でひっくり返りそうになった。ヒナはグレゴリーから手紙を奪って屋敷中を逃げ回っていたというのだ。とうとうグレゴリーに捕まったヒナは暴れに暴れ、ダンがヒナの近侍としての力を発揮し、その場をやり過ごさなければどうなっていたことか。その時の出来事が、のちのちヒナに不利に働くのではないかと心配で堪らなかった。

なにせグレゴリーは、底意地の悪い男だ。ニコラとの結婚によって、兄が変わったのは認めざるを得ないが――昨日気付いたばかりだが――それでも、根底にある人間性というものは少々の事では変わらない。だが、ニコラの存在は少々の事ではない。もしかするとニコラはグレゴリーを人並みの心を持った人間へと変えてしまったのだろうか?だとしたら、ヒナの処遇に関して、期待が持てるかもしれない。

「邪魔?お前がしつけをしていなかったせいで、わたしは同じ文面の手紙をもう一度書かねばならなかったんだぞ。いったい誰の為に――」グレゴリーは怒りを抑えつけるために一旦言葉を切った。どうやら、期待を持つのは早計だったようだ。「あの子をどうするつもりかと聞きたいのなら、昨日答えた通りだ。死んだはずのコヒナタカナデは生きていると証明するだけだ。おそらくラドフォード伯爵と対面する事となるだろうが、その事はわたしが関与する事ではない」

「随分と突き放した言い方をするんですね。ヒナがレディ・アンの子供だからですか?」

グレゴリーの顔が怒りで真っ赤に染まった。

「いちいちお前に説明することではないが、彼女に対しては何の感情も抱いていない。もちろん事故で亡くなった事は気の毒に思ってはいるが」感情的になり過ぎたのを気にしてか、グレゴリーは席を立った。ジャスティンに背を向け、組んだ腕を指先でトントンと叩く。

ジャスティンはその背をじっと見つめた。やはり兄の背中は大きい。酷い仕打ちをされていた時でさえ、その背を追いかけていたのは、兄に憧れていたからだ。

馬鹿馬鹿しい。ジャスティンは頭の中を巣食う子供時代を振り払った。兄に憧れていたんじゃない。その絶対的な力に圧倒されていただけだ。

「ヒナは手放しませんよ。あの子はもう家族なんです。伯爵はヒナを捨てた。いや、娘も捨てたんだ。いまさらヒナが生きていたからといって会うはずがないし、ヒナだって会いたがらないはずだ」

ジャスティンは力強い口調で、兄の背に気持ちをぶつけた。

これは宣戦布告だった。

つづく


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迷子のヒナ 203 [迷子のヒナ]

「会いたがるとか、会いたがらないとか、そういう問題ではない」

お前はそんな事も分からないのかと、グレゴリーの厳しい言葉が静かな部屋に響いた。

わかっている。「当時の状況はニコラに聞いたはずだ。それでもヒナを会わせると?」

グレゴリーの黒い瞳に怒りの炎が灯った。どうやらジャスティンの態度が気に障ったようだ。

「会わせるのではなく、会わなければならない。何度同じ事を言わせる?お前みたいな出来損ないと口をきいてやっているだけでもありがたいと思え。それから、気安くニコラの名を口にするな」

ジャスティンの目の前が真っ赤に染まった。「それを言うなら、ヒナの名を気安く呼ばないでもらいたいですね」

「あの子が呼べと言った。無理矢理」

「こちらも同じです。あね上と呼んだら、気持ち悪いと言われました」

いったい何の言い合いをしているのやら。

両者同じことを思ったのか、言い合いにふさわしいまともな言葉を探して、しばらく無言でにらみ合った。頭に血が上り、話の論点すら分からなくなっているというのに、まともな言葉とやらが出てくるはずがない。

見下ろされる屈辱に耐えかねたジャスティンが先に目を逸らした。立ち上がって目線を合わせることも出来たが、そうはしなかった。結局のところ、グレゴリーの方が色々な意味で力を持っている。これ以上刺激するのは得策ではない。ヒナのためだからこそ我慢するのだ。

「お前は本気であの子の父親になるつもりか?」グレゴリーは言って、元の場所に腰をおろした。すでに平静を取り戻している。

「はっ?」突然の事に兄を見た。

「手放さない、そう言っただろう?」怪訝そうに眉を顰めるグレゴリー。そこでジャスティンはハッとした。

「ええ!ええ、そうです」とことさら声高に肯定してみせた。

あぶない、あぶない。ここではヒナの父親役に徹することにしていたのを、すっかり忘れていた。

「ジャスティン、お前、結婚しろ」

「なんだって?」

グレゴリーの眉間の皺が更に深くなった。口のきき方に気をつけろという意味らしい。だが、そっちが何の脈絡もなく意味不明な事を口にするからだろう、とジャスティンは憮然とした表情で「なぜ急に結婚しろなどと?ヒナとは無関係の話です」と言い直した。

「もう二十七だ。くだらない仕事などやめて、妻を娶って、義務を果たすべきだ。そうすればそのうち父親になれる」

父親になりたいわけではない。ヒナと一緒にいたいだけだ。そう叫び主張したかったが、グレゴリーのつぎの言葉で、話はそう簡単ではない事を思い知らされた。

「ニコラが花嫁探しに乗り出した」

ああ、なんてことだ。

万事休すだ。

つづく


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迷子のヒナ 204 [迷子のヒナ]

「部屋へ戻って、休みます」

ジャスティンはよろよろと立ち上がると、兄が機嫌を損ねようがどうしようが気にするものかと、一切視線を合わさず部屋を出た。

これまで何度か結婚については進言されてきたが、その都度上手く誤魔化してきた。だがニコラが相手ではそうはいかない。

結婚する如何にかかわらず、その手の催し物に連れ出され品定めされると思っただけで、全身の毛が逆立つ。
ああ、困ったことになった。何かいい言い訳を考えなければ。

そうだ!とにかくヒナを手放さない事だ。ラドフォード伯爵に会わなければならないのならそうするまでだ。どうせ向こうはヒナを引き取ろうなどと思うはずがないし、秘密を漏らさないことを条件にすれば、応じるほかないだろう。

余計な事をしたパーシヴァルはジェームズが上手く手懐けたようだから、数ある問題のうちひとつは片付いたことになる。

よし。これでいい。ヒナがいては誰も妻になりたいなどと思わないはずだ。爵位のない次男だし、仕事もしている。それだけでも断るには充分だ。

そうとなったら、とにかく一刻も早くここを去らねば。
ヒナは寂しがるかもしれない。せっかく友達が出来たのに、またひとりになってしまうのだから。それを思うと胸が痛むが、すべてが片付いたあかつきには、ヒナを学校へ行かせるのも悪くない。寄宿学校などではなく、毎日通っていけるような学校がいい。そうしよう。それがいい。

ジャスティンは足を速め、ヒナの待つ部屋へ向かった。あまりに気が急いて、毛足の長い絨毯の何でもない場所に足を取られ、つまずいてしまった。その勢いでヒナの部屋の前をうっかり通り過ぎてしまい、開いていたドアから慌てたように飛び出してきたヒナに背後から襲いかかられてしまった。

そして、ヒナもろともジャスティンは、無様に廊下に突っ伏してしまった。

つづく


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迷子のヒナ 205 [迷子のヒナ]

ジャスティンが目の前を通り過ぎて行った。

お風呂に入って寝支度を済ませたヒナは、ひとりベッドの端に座ってジャスティンを待っていた。ちょうど廊下が見えるその位置に。

部屋のドアが開いていたのは、ダンが出たり入ったりを繰り返していたからもあるが、ジャスティンが通りかかったら捕まえるためでもあった。

なかなか姿を見せないジャスティンに痺れを切らしたヒナは、一度ならず隣の部屋を覗きに行っていた。ジャスティンが部屋に戻った形跡はなかった。

そのうちヒナの頭の中には、ジャスティンが自分を避けているのではないかという疑問が、むくむくと湧き上がって来た。

その証拠に、午後、ジャスティンはずっと機嫌が悪かった。

ライとばかり仲良くして……。

ジュスのばか……。

つい、めそめそしそうになる。

朝はあんなに親密だった関係が、すっかり壊れてしまった気分だ。ジュスは確かに愛していると言ってくれた。ヒナはきちんと言い返しただろうか?もしかして言い忘れてしまったかな?

ヒナはジャスティンとの朝のひとときについて、他に何か思い当たることがないか考えてみた。きっと避けられてしまう何かがあったはず。知らないうちに、とんでもない失敗をしていたのかもしれない。

んっ?

思い出してみれば、最初にジャスティンを避けたのはヒナではないか?避けたというよりも、二人きりが気恥ずかしかっただけなのだが、結果的に部屋でのんびり過ごそうというジャスティンの提案を退けたのは、紛れもなくヒナだ。

もしも自分が逆の立場だったら?

ショックできっと寝込んでしまうだろう。

だからといってライナスとベタベタするなんて、とヒナはぷうっと頬を膨らませ不満を露にした。

そこへちょうどジャスティンが通りかかったものだから、ヒナはベッドから飛び降り、風のような速さで部屋の外に出て、朝は愛していたはずのヒナを置き去りにして自分の部屋へ逃げ込もうとするジャスティン(これはヒナの勝手な妄想)の背に勢いよく飛びついた。

そしてそのままジャスティンを押し倒した。まさか自分にそんな力があるなんて思わなかったヒナは、慌ててジャスティンから飛び退いた。

ジャスティンが両手をついて、まずは上半身を起こした。それからゆっくり振り返ると、ヒナを見て目の端を思い切りつり上げた。

ひゃー!怒ってるっ!!

これではますます嫌われてしまう。

ということで、ヒナはしおらしげに「ごめんなさい、ジュス」と謝ってみせるのだった。

つづく


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迷子のヒナ 206 [迷子のヒナ]

ヒナの突飛な行動はいつものことだ。だからたとえ、背後から襲いかかられ無様に廊下に突っ伏そうとも、ヒナを怒ったりはしない。背中が痛んでもだ。しょげた顔で、ごめんなさいと言われればなおのこと。

ふかふかの絨毯にお尻をぺたりとつけてへたり込んでいるヒナを、ジャスティンはいとも容易く抱き上げた。
背中に走る痛みに顔を顰めながらも、しがみついてくるヒナの髪にキスをした。ヒナお気に入りの石鹸の香りにジャスティンは眩暈を覚えた。朝の濃密なひとときが鮮やかに脳裏に浮かんだ。

襲い掛からない為にも会話が必要だ。

「ライナスたちとお風呂に入ったのか?」そう言って、ジャスティンはヒナの部屋へ入った。

「ううん。ひとり」素っ気なく返すヒナ。裸でうろうろしてはダメだと言った事を気にしているのだろうか?

ヒナをベッドの端に座らせると、ジャスティンもその隣に腰をおろした。

「髪はダンに乾かしてもらったのか?」

「うん。いい匂いする?」ヒナはもじもじしながらも、ジャスティンにぴたりと寄り添った。

その仕草があまりにも愛らしくて、ジャスティンは図らずもヒナを膝に乗せてしまった。向かい合う二人がする事といえば……。

みずみずしいヒナの唇に、疲れ果てて乾燥したジャスティンの唇が重なった。

グレゴリーの容赦ない言葉にささくれだった心が、ヒナの温もりで満たされる。かさかさの唇は瞬く間に潤いを取り戻し、それでも貪欲にヒナからすべてを奪い尽くそうとする。キスはやがて深くなり、ドアが開いている事さえ忘れかけたその時、まさにそのドアが、二人のキスを中断させるには充分な音を立てて閉まった。

しまった!と思うには遅すぎた。いくらヒナがドアに背を向けていたとしても、ジャスティンに跨ってキスをしていたのは一目瞭然。ハッと我に返ったジャスティンの顔に浮かぶのは、焦りよりも欲望の方が勝っている。とくれば、結果がどうなるか――二人の行く末に暗雲が垂れ込めるのは、目に見えている。

とにかく、ジャスティンの軽率な行動を目にしたのが、ダンで幸いだった。

「旦那様っ!」

さすがのダンも危機迫る声をあげた。不用心にも程があるといった具合だ。

使用人に叱責されたジャスティンは、なけなしの威厳というものをどこからか見つけ出し「見なかったことにしろ」と掠れ声で言った。

ダンも気まずいのか無言で頷き、ヒナのヘアキャップを手の届く場所に置くと、そそくさと部屋を出ようとした。

「待て」ジャスティンはダンを呼び止めた。「今夜中に荷造りを済ませておけ。明日準備ができ次第ここを発つ」そう言った途端、驚いた声をあげたのはヒナだ。続いてダンも戸惑いがちに「今夜中ですか……」と呟いた。ほとんどぼやきと言ってもいい。

ヒナがいやだという前に、ジャスティンは「そうだ」と断固とした口調で応じた。

さっさとここから逃げ出さなければ、それはそれで、ヒナとの未来が危ぶまれるというものだ。結婚など、とんでもない話だ。

つづく


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迷子のヒナ 207 [迷子のヒナ]

ジャスティンのうっとりとするようなキスは、ヒナの疑いをものの見事に振り払った。

ジャスティンはヒナを避けてなんかいなかった。むしろずっとこうしたかったのだと、束の間のキス――ダンのせいですぐに終わった――が物語っていた。

でもどうして急に帰るだなんて……。もしかしてヒナがライにやきもち妬いたから?

「ヒナのせいなの?」

「ヒナの……?違う。帰るのはここでの用事が済んだからだ」

ジャスティンの大きな手がヒナの頬を包んだ。その仕草にヒナはつい期待してしまう。

いまならダンはいない。ウェインに明日帰るという重大事項を伝えに行っているのだ。戻って来ないうちに、早く!

「キス……する?」上目遣いで、目をぱちぱちとさせる。ニコラの図書室で読んだ本によれば、こうやって男の人を誘惑するのだとか。

ジャスティンがふふっと笑った。しょうがないなぁといった顏で、唇と鼻先に軽くキスをする。

たったそれだけ?と、ヒナはがっかりしたが、それでも嬉しくてぎゅっと抱きつかずにはいられなかった。

「ヒナ、少し話をしようか」

大切な話がある時の口調だ。ヒナは少し身構えた。

「ヒナ、ごめんな」そう言ってジャスティンはヒナを強く抱き返した。「せっかくライナスたちと仲良くなったのに」

ヒナは戸惑った。だって家に帰るのは当然だし――もちろん、ちょっとさみしいけど――そもそも、ジュスのせいじゃない。「用事が済んだからでしょ?」

「ああ、そうだな」ジャスティンは少し身体を離すと、申し訳なさそうな顔でわずかに微笑んだ。「帰ったら、たくさん人に会わなきゃいけない」

「たくさん?パーシーとか、おじいちゃんとか?」他にいるのかな?

「そう、パーシーとかおじいちゃんとか、だ。それからヒナがカナデだと証明する為にも、何人か会わなければいけない人がいる。不安がる必要はない。いつでも一緒だからな」

ヒナは無条件でジャスティンを信頼している。出会った瞬間からそうだった。だから、不安な事などないし、会わなければならない人がいるなら会うだけのこと。ヒナが奏に戻る必要があるのか分からないけど、ジュスがそうするべきだというなら、奏でもいい。

ヒナがこんなことを思っていると知ったら、お父さんとお母さんは怒るかな?

つづく


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迷子のヒナ 208 [迷子のヒナ]

翌朝、久しぶりに別々のベッドで目覚めたジャスティンとヒナ。

ウェインがジャスティンを起こすため部屋へ入った時、枕を抱いて眠る我があるじに気付かない振りをしたのは言うまでもない。

おそらく枕はヒナだ。これほどまでに主人が誰かに依存する姿を見るのは初めてだった。もちろん、近侍になって二年ほどの間の事だが。それ以前の主人が今とさほど変わりなかったのは容易に想像がつく。人を寄せ付けず、周囲を威嚇するような態度。ヒナ以外の人間に対しては常にそうだ。

その頃隣の部屋ではダンがヒナを起こしにかかっていた。広いベッドの中央で上掛けに潜り込んで丸まって眠っているヒナを強引に引きずり出す。夜遅くまで旦那様と話し合いをしていたせいか――話だけで終わったとは到底思えないが――、すこぶる目覚めが悪い。目をしょぼしょぼさせているが、起きてはいない。それでもダンは寝間着を脱がし、もつれた髪を丁寧にほどいていく。あれほど寝るときはヘアキャップをかぶるようにと言っておいたのに、と愚痴めいたことを胸の内でこぼし、いつも以上に丁寧にかつ素早く支度を整えた。

ヒナの裸を見るなとの言いつけだったが、それは無理な話だ。だからこそ旦那様がこちらへやってくる前に支度を済ませる必要があった。

しばらくして旦那様が厳めしい顔でヒナの部屋へ入って来た。いつも通りキビキビとした足取りだ。自信満々で恐れるものなど何もないといった生気あふれる姿に、ダンは舞台上で輝きを放つ売れっ子俳優の姿と重ね合わせた。憧れの存在というやつだ。僕もそうなるはずだったが、ここで働く以上の満足感が得られたとは到底思えなかった。もちろんヒナの世話は大変だし、人に使われるよりも、褒めそやされることを望んでいたのだが、それでも今以上の充足感は味わえなかったのではと思う。ひとは生まれながらに自分の居場所というものが決められているのだ。

ダンの居場所はここだった。

すでに朝食を済ませているダンとウェインは、主人たちを階下へ見送ると、慌ただしく荷物を運び出し始めた。

朝食後、すぐに暇を告げると聞いている。ここの女主人が異を唱える姿が目に浮かぶ。急だとかなんとか言って、主人たちを引き留めようとするだろう。ここでの生活も悪くはないが、やはり落ち着かないとダンもウェインも思っていた。待遇はすこぶるいい。けれども他人の屋敷という感は否めない。だって、実際ここは他人の屋敷だ!

「ダン!さっさと荷物を運べよ。旦那様がいつ出発すると言ってもおかしくないんだぞ」ウェインが隣の部屋から声高に言った。ちょっとばかしピリピリしているようだ。おそらく旦那様に寝起きにチクリと何か言われたのだろう。

「わかってるよっ!」僕だって早く帰りたいんだから。

つづく


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迷子のヒナ 209 [迷子のヒナ]

ヒナが今日帰るのだと告げると、ライナスはみるみるうちに目に涙を溜めて、わんわん泣き始めた。それを見たヒナも、急に離れがたくなったのか同じようにわっと泣き出した。

おかげで朝食の席は大変な騒ぎとなり、ジャスティンは、昨日の朝よりは早めに食堂へやって来たニコラの攻撃を真正面から受けることになってしまった。

鬼の居ぬ間に――の目論見はすっかり当てが外れてしまったというわけだ。

「帰るですって?」

ニコラの金切声――ジャスティンにはそう聞こえた――が鼓膜を破った。

泣きじゃくるライナスとヒナの涙も一瞬にして枯れ、すまし顔で優雅にコーヒーを啜っていたベネディクトは、もはや傍観者ではいられない事を悟ったが故に、激しくむせかえった。

一同が恐れ戦く中、迫りくる義姉から逃れるかのように、ジャスティンは立ち上がった。

「もう食事が済んだなんて言わないでしょうね?」ニコラがジャスティンの座っていた場所に目をやり、冷たい笑みを浮かべた。

「ええ、もちろんまだです!あね上は今朝は随分と早いんですね」ご機嫌取り以外の何ものでもない言い回し。今朝も冷え込んだというのに、額に汗が滲む。

「そうね。今朝はこの子がいい子だから」と言って、お腹にそっと手をやるニコラ。空いた席に腰を落ち着けると、人差し指をひと振り――ジャスティンに座るように命じた。

ジャスティンはすぐさま腰を落とした。そして勇気を振り絞り、暇を告げる。

「朝食を済ませてから挨拶に行こうとしていたんだ。なあ、ヒナ」ヒナを巻き込んで衝撃をやわらげようとするジャスティン。ヒナは濡れた目元を拭いながらこくんと頷いた。

「まだ話し合いが中途半端だわ。あと二、三日くらいいられるでしょう?」

「兄さんが色々と手をまわしてくれたので、出来るだけ早く向こうへ戻らなければいけません。仕事もありますし」

「グレッグが手をまわしたのなら急ぐ必要なんかないんじゃない?」

「いいえ。早くヒナを元に戻してやるべきです」

断固とした口調が効いたのか、それとも一刻も早くヒナを生き返らせることが重要だと考えたのか、ニコラは渋々といった顏で「そうね」と呟くように言った。

「ぼくはいやだ!」ライナスが反発する。「だってヒナが帰ったら、ぼくひとりぼっちになっちゃう。お兄ちゃんは学校へ戻るし、お父様だって帰っちゃうでしょ?」

「そうなの?」ヒナが誰ともなしに尋ねる。

ライナスが「そうだよっ!」と涙声で答えた。

これはまずい、と思ったのはジャスティン。このままではライナスに同情したヒナが、もうちょっとここにいる、などと言い出しかねない。

「ライナス、いつでも遊びに来ていいんだぞ」ジャスティンは愛情のこもった眼差しをライナスに向けた。

「いいの?おじさんのお屋敷に遊びに行っても。ねえ、お母様いいの?」

期待に目を輝かせるライナスに、ニコラは微笑んで「お母様も一緒にね」と答えた。

ジャスティンは目の前が真っ暗になった。

つづく


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迷子のヒナ 210 [迷子のヒナ]

ジャスティンがニコラの屋敷を発ったのは、お昼少し前のことだった。

車内はヒナと二人きり。ダンは遠慮して――気を利かせて――か、近侍兼御者のウェインの隣に座ると言ってきかなかった。むろん、狭苦しい車内に入るように勧めたのはヒナだけだった。ジャスティンはダンが首を縦に振らないように、座席にゆったりと腰を落ち着け睨みを利かせていた。

「今日は天気がいいから大丈夫だ」

ヒナときたらダンの心配ばかりして、こちらを見ようともしない。窓の外にそんなに珍しい物でも見えるのか?

「ライはいつうちに来るの?レゴはいいって言うと思う?」

ヒナがやっとこちらに顔を向けた。うなじで結んだ髪がふわんと揺れた。ヒナは今日もジャスティンが贈った青いリボンを結んでいる。

「どうかな……」ジャスティンは言葉を濁した。グレゴリーがそんなこと許すはずがないが、ヒナにはっきりと言うのはまた今度でいい。「ライナスが来れないようだったら、ヒナがまた行けばいい」

「いいのっ?」

「もちろんだ。けど、その前に用事を済ませないとな」ヒナのきらきらとした笑顔につられ、ジャスティンも笑顔になる。

「弁護士さんに会うんでしょ?どんな人かなー?」

あきらかにわくわくしているヒナ。不安というものは感じないのだろうか?

昨夜、喫煙室でグレゴリーが手にしていた書類をこっそり盗み見たが――テーブルに投げ出されていたのだから、盗み見たというより勝手に目に入ったとも言える――そこにあった弁護士の名前には見覚えがなかった。

当然バーンズ家の顧問弁護士が動くものと思っていたが、グレゴリーは口出ししただけで手を貸すつもりはないって事か?秘密裏に事を進めなければならないというのに。まったく。名も知れぬ弁護士に丸投げするとは、いかにもあいつがやりそうなことだ。

いや、待てよ。世間に名が通っていないからこそ、水面下での動きに適しているのかもしれない。だとすると、A.W……なんとかという弁護士は相当なやり手なのかもしれない。

不安がわずかばかり減った。

ニコラの手前、グレゴリーは完璧に、かつ、素早く事を進めるはずだ。何も心配はない。

ジャスティンは、ほっと息を吐いた。それと同時にヒナが立ち上がって、隣にやって来た。すとんと腰をおろすと、左腕に華奢な両腕を巻きつけ、はあっと長い溜息を吐いた。

「どうした?」ジャスティンはそっと尋ねた。

「ひとりじゃないよね?」

「もちろんだ。どうしてそんなことを言うんだ?どこへ行くにも一緒で、もちろん弁護士に会うのも一緒にだ。ひとりではどこへもいかせない」

過保護だと言われようが知ったことか。

ヒナが腕に頭を預けてきた。どうやら不安でいっぱいなようだ。ジャスティンは反対の手で、ヒナの頭をよしよしと撫でた。出来ればこちらを見上げて、キスでもせがんでくれれば言う事なしなのだが、と思いながら。

つづく


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